こんにちは。
陰ヨガ実践家
株式会社ヨガコーチングの
阿部海渡です。
いつもお読み下さり
ありがとうございます。
昨日はちょうど
陰ヨガサットサンガ実践講座の
セミナーでした。
まだ全12回中の2回目のセミナーでしたが、
受講中の生徒さんから、
嬉しいシェアがあり泣いてしまいました。
・父との関係をあきらめていたが、夢で父に向き合っている自分を見て、思い立って父に会いに行って、ハートを開いて話したら、「ありがとう」とお礼を言われ、心が通いました!
・なんだか腹の立つ同僚に対して、これまでならそのまま距離を置いていたが、内観をして見つめてたところ、嫉妬をしていたことに気付いた!そんな自分を受け入れると、その人をそのまま受け入れられるようになりました!
全部は紹介できないので、2つだけご紹介しましたが、
みなさん、着実にご自身の内側に備わっている愛を思い出しておられ、
感無量でした。
自慢の生徒たちです(^^♪
ということで、
今日はずばり、愛と陰ヨガの関係についてお話します。
「愛を選ぶ」というと、
なんだか努力が必要なことのように
聞こえるかもしれません。
「もっと愛のある人間にならなければ」
「もっと寛容にならなければ」
「もっと人のために生きなければ」
そういう言葉を、
自分に言い聞かせるように
生きてきた方も、いるかもしれません。
でも、私が陰ヨガの実践を通して
深く感じていることは、
愛とは、習得するものではなく、
思い出すものだ
ということです。
愛はもともと、
あなたの内側に
すでに満ちています。
それなのに、
日常の中でそれを感じられないのは、
愛が足りないからではなく、
愛を感じることを
知らないうちに怖れているからなのです。
傷ついた経験。
裏切られた記憶。
「愛したのに、むくわれなかった」
という痛み。
「心を開いたら、また傷つくかもしれない」
という、身体の奥に染み込んだ警戒心。
そういったものが
身体の深いところに残っていて、
「もう、あんな思いはしたくない」と、
知らないうちにブレーキをかけているのです。
頭では「愛して生きたい」と思っている。
でも、どこかで心を開けない。
大切な人の前で、なぜか素直になれない。
感謝を伝えたいのに、言葉が出てこない。
「ありがとう」と言おうとすると、
なぜかこみ上げてくるものがある。
この矛盾を感じたことが
ある方も多いのではないでしょうか。
実は、この矛盾は、
あなたがおかしいのでも、
愛が足りないのでも、ありません。
それは、
人生を生きる中で自然と身についた、
自分を守るための反応なのです。
愛した分だけ傷ついた経験があるから、
無意識のうちに心を守っている。
それはある意味、
あなたがこれまで、
それだけ真剣に誰かを愛してきた証拠でも
あります。
でも、その守りが強くなりすぎると、
愛したくても愛せない、
感謝したくてもできない、
心を開きたくても開けない、
という状態が続いていきます。
そして、
「なぜ自分はこんなにも
冷たい人間なんだろう」
「なぜ素直に生きられないんだろう」
と、自分を責めてしまうこともある。
でも、それは冷たいのではなく、
ただ、ブレーキが踏まれているだけなのです。
では、そのブレーキはどうすれば
外れるのでしょうか。
多くの方が試みるのは、
「考えて解決しようとする」
ことです。
「なぜ自分は心を開けないのか」
「どうすれば愛せるようになるのか」
頭の中でぐるぐると考え続ける。
でも、これでは、なかなか変わりません。
なぜかというと、
このブレーキは、
頭の中にあるのではなく、
身体と潜在意識の中にあるからです。
言葉では「大丈夫」と思っていても、
身体はまだ、過去の痛みを覚えている。
思考では「許そう」と決めても、
身体は、まだそこに緊張を抱えている。
潜在意識レベルに染み込んだものは、
思考や言葉では、届かないのです。
だから、陰ヨガなのです。
陰ヨガの実践が、
このブレーキにどう働きかけるのか。
それをひとことで言うと、
身体を通して、
ブレーキに気づき、手放す
ということです。
陰ヨガのポーズは、
身体の深い部分、
靭帯や関節の周りに
じわじわと働きかけます。
激しく動くのではなく、
ひとつのポーズをゆっくりと保ちながら、
その感覚に静かに意識を向け続ける。
この「ただ、感じる」という実践が、
潜在意識への扉を、
静かに開いていきます。
たとえば、
胸を開くポーズをとりながら、
胸の中心に意識を向けていると、
ふだんは気づかなかった、
じわりとした締め付け感が
感じられることがあります。
それに気づいて、
ただそこに意識を置き続けていると、
「ああ、ここで私は心を閉じていたんだな」
という気づきが、
頭ではなく、身体から
自然と浮かんでくる。
そして、その閉じた理由が、
映像や感覚として
ぼんやりと浮かんでくることもある。
昔、誰かに傷つけられた瞬間。
愛したのに、届かなかった経験。
「弱さを見せたら、バカにされた」記憶。
そういったものが、
静かに、姿を現してくる。
そこで、
否定せず、逃げず、
ただ「そうだったんだね」と
受け入れる。
この受容が起きた瞬間に、
身体の中でほっと何かが緩む感覚があります。
これが、ブレーキが外れる瞬間です。
頭で理解して変わるのではなく、
身体が思い出して、手放す。
そのプロセスの先に、
愛が内側から静かにあふれてくる
瞬間があります。
サットサンガの生徒さんたちが体験されたことも、
こんな風にハートが開き、
愛があふれ出てくる経験だったのでしょう。
お父さんへの長年の遠慮が、溶けた。
同僚への怒りの奥にあったものを、見た。
その瞬間、
愛は努力して生み出したものではなく、
もともとそこにあったものを
ただ取り戻しただけだった。
そんなふうに感じられたのではないでしょうか。
私が特に印象深かったのは、
お父さんに会いに行かれた生徒さんのシェアでした。
長年、関係を諦めていたと
おっしゃっていました。
「もう変わらない」
「わかり合えない」
「これ以上傷つきたくない」
そう思って、
心の扉を閉じていた。
でも、陰ヨガの実践を通して内観を重ねる中で、
夢の中で、お父さんと向き合っている
自分が現れた。
それは、潜在意識が
「もう、準備ができているよ」と
伝えてくれたサインだったのかもしれません。
そして、その声に従って、
実際に会いに行き、
ハートを開いて話した。
返ってきた言葉は、「ありがとう」。
どれだけの感情が、
その「ありがとう」の中に
詰まっていたことか。
これは、
すごいことが起きた、のではないのです。
もともとそこにあった愛が、
ブレーキが外れたことで
流れ始めた。
それだけのことなのです。
愛することは、
特別なことではありません。
それは、
あなたがもともと持っていたもの。
ただ、少しの間、
忘れていただけ。
陰ヨガの実践は、
その忘れていたものを、
身体を通して、
静かに思い出させてくれます。
毎日の実践の中で、
「あれ、最近なんか心が穏やかだな」
「気づいたら、自然に感謝の言葉が出ていた」
「昨日まで気になっていたことが、
なぜか大したことに思えなくなった」
そういう変化が、
静かに、着実に訪れてきます。
劇的に変わろうとしなくていいのです。
ただ、ポーズの中で、
自分の内側に静かに耳を傾ける。
その積み重ねが、
あなたの中に眠っている愛を、
少しずつ、確実に目覚めさせていきます。
あなたにも、きっと、
そういう瞬間が訪れます。
その扉は、
すでに、あなたの内側にあります。
今回の学びを生かして、さらに詳しい動画プレゼントも企画しているので、
また完成したらアナウンスしますので、楽しみにしていてくださいね。
愛と信頼とともに
阿部海渡


